トリノ中心に位置するPiazza Castello/カステッロ広場に
歴代サヴォイア王家の居城としてPalazzo Reale/王宮と
Palazzo Madama/マダーマ宮殿がある。
どちらも世界遺産に登録されている、トリノの歴史を象徴する建物だ。
このマダーマ宮殿、ファザードがバロック様式、裏側から見ると
中世の雰囲気をそのまま残す、なんとも不思議な宮殿なのである。

(Palazzo Madama/マダーマ宮殿)
この宮殿はなんと紀元前1世紀頃にはローマ人によって
Castra Taurinorum/カストラ・タウリノールムと
命名され、デクマナ門(裏門)があった上に建設されている。

(マダーマ宮殿地下に残っている古代ローマ時代の遺跡)
ローマ時代後モンフェッラート侯国による
要塞が築かれ(10世紀前後)14世紀には当時サヴォイア王子の
フィリッポ1世によって「ここをサヴォイア家の中心、
かつ権力の象徴となるように」と城が建設された。
サヴォイア公ヴィットリーオ・アメデーオ1世の未亡人Maria Cristina/
クリスティーヌ・マリー・ド・フランス(1606 - 1663)をはじめ
カルロ・エマヌエーレ2世の未亡人Maria Giovanna Battista /
マリア・ジョヴァンナ・バッティスタ(1644 -1724)が
居城としていた事もあり「Palazzo Madama = 夫人の館」と呼ばれるようになる。

(クリスティーヌ・マリー)
もちろん内部もサヴォイア王家の贅を尽くした目も眩むような
サロンが次々と続く(現在は市立古代美術館になっている)。


1721年にシチリア人建築家Filippo Juvarra/
フィリッポ・ユヴァッラによってバロック様式の
美しいファザード、そして真っ白い大階段が出来上がった。
ユヴァッラはファザード部分の突出部Avancorpo/アヴァンコルポのみの
設計をしたが、この建築用語はフランス語からの引用であり、
このバロック建築の黄金期はイタリア(もちろんフランスでも)で
こういう方法がよく取られたらしい。


ちなみにこの宮殿はイタリア統一前のサルデーニャ王国時(1848年)
初めて「上院」がここに置かれ、国王カルロ・アルベルトが
憲法を制定した場所であり、イタリア王国首相になったカヴールは
この階段をヴィットリオ・エマヌエーレ2世と恭しく降りたそうな・・・
またまたちなみに、このカヴール、イタリア統一の三傑の1人であるが
彼はトリノの1763年創業のカフェ
Caffe' al Bicerin/カフェ・アル・ビチェリンに足しげく通い、
時間を過ごす事が多かったらしい。
今も店内は当時のまま、昔ながらのビチェリンを、
カヴールが、ニーチェが、プッチーニが楽しんでいた時のまま味わえる。


(カヴールお気に入りの席だった)
ここでカヴールは悲願の「イタリア統一」へのシナリオを
考えていたのか、それとも自分が捨てた、そして自殺してしまった
Nina Giustiniani/ニーナ・ジュスティニアーニ侯爵夫人の事を
考えていたのか・・・
by Maki
歴代サヴォイア王家の居城としてPalazzo Reale/王宮と
Palazzo Madama/マダーマ宮殿がある。
どちらも世界遺産に登録されている、トリノの歴史を象徴する建物だ。
このマダーマ宮殿、ファザードがバロック様式、裏側から見ると
中世の雰囲気をそのまま残す、なんとも不思議な宮殿なのである。

(Palazzo Madama/マダーマ宮殿)
この宮殿はなんと紀元前1世紀頃にはローマ人によって
Castra Taurinorum/カストラ・タウリノールムと
命名され、デクマナ門(裏門)があった上に建設されている。

(マダーマ宮殿地下に残っている古代ローマ時代の遺跡)
ローマ時代後モンフェッラート侯国による
要塞が築かれ(10世紀前後)14世紀には当時サヴォイア王子の
フィリッポ1世によって「ここをサヴォイア家の中心、
かつ権力の象徴となるように」と城が建設された。
サヴォイア公ヴィットリーオ・アメデーオ1世の未亡人Maria Cristina/
クリスティーヌ・マリー・ド・フランス(1606 - 1663)をはじめ
カルロ・エマヌエーレ2世の未亡人Maria Giovanna Battista /
マリア・ジョヴァンナ・バッティスタ(1644 -1724)が
居城としていた事もあり「Palazzo Madama = 夫人の館」と呼ばれるようになる。

(クリスティーヌ・マリー)
もちろん内部もサヴォイア王家の贅を尽くした目も眩むような
サロンが次々と続く(現在は市立古代美術館になっている)。


1721年にシチリア人建築家Filippo Juvarra/
フィリッポ・ユヴァッラによってバロック様式の
美しいファザード、そして真っ白い大階段が出来上がった。
ユヴァッラはファザード部分の突出部Avancorpo/アヴァンコルポのみの
設計をしたが、この建築用語はフランス語からの引用であり、
このバロック建築の黄金期はイタリア(もちろんフランスでも)で
こういう方法がよく取られたらしい。


ちなみにこの宮殿はイタリア統一前のサルデーニャ王国時(1848年)
初めて「上院」がここに置かれ、国王カルロ・アルベルトが
憲法を制定した場所であり、イタリア王国首相になったカヴールは
この階段をヴィットリオ・エマヌエーレ2世と恭しく降りたそうな・・・
またまたちなみに、このカヴール、イタリア統一の三傑の1人であるが
彼はトリノの1763年創業のカフェ
Caffe' al Bicerin/カフェ・アル・ビチェリンに足しげく通い、
時間を過ごす事が多かったらしい。
今も店内は当時のまま、昔ながらのビチェリンを、
カヴールが、ニーチェが、プッチーニが楽しんでいた時のまま味わえる。


(カヴールお気に入りの席だった)
ここでカヴールは悲願の「イタリア統一」へのシナリオを
考えていたのか、それとも自分が捨てた、そして自殺してしまった
Nina Giustiniani/ニーナ・ジュスティニアーニ侯爵夫人の事を
考えていたのか・・・
by Maki
by yuma-milano | 2010-06-15 21:42 | イタリア文化 | Trackback | Comments(0)
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